大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(う)1383号 判決

被告人 石川末雄

〔抄 録〕

まず、弁護人の事実誤認および法令違反の論旨について考えてみるに、論旨は、原判決が被告人に対し原判示の過失、すなわち、被告人が時速約三〇キロメートル位で普通貨物自動車を運転北進中、原判示交差点手前にさしかかり、被害者赤堀しか乗車の自転車が左方道路から右交差点に進出しようとしているのを約一八メートル手前で発見しながら、直ちに急停車するか徐行するかの措置に出ることなく、同車がそのまま進出することはないものと軽信して前記速度のまま進行した過失があるものと認めたうえ、右措置の懈怠により右被害者に対し自車を衝突させて原判示の傷害を負わせたものと認定したことに対し、原判決は、一方においては被告人走行道路の方が被害者が進出してきた道路より交通上優位にあると認めているのであつて、このことからすれば、本件交差点における急停車ないしは徐行等の法令上の義務は、被害者に課されこそすれ、被告人に対し課されるべきものではない、のみならず、被告人は当時相手車両を認めるや、いつでも停車し危険を避けうる程度に減速、徐行措置をとつたのに、被害者はブレーキに欠陥のある古自転車を運転し、しかも本件交差点進入に際しての左右注意義務も尽くさず、漫然前進したもので、被告車両を発見してブレーキを掛けたが右欠陥のため直ちに停止できず、被告車両に接触したものであり、その接触の状況も、相手車両は被告車両が停止すると同時に停止したのに、すでに安定を失なつていたため、被告車両に接触、転倒したというのであつて、被告人としては本件衝突を回避するため適切、最善の措置を講じていたもので、責められるべき注意義務の懈怠はなく、被害者の負傷は被害者の一方的過失によるものであり、被告人の行為とは因果関係がないとして、原判決の事実誤認、法令違反を主張するものである。

よつて、本件記録を精査し、かつ、当審における事実取調の結果をも参酌して審按するに、まず、本件事故発生地点の道路状況を調べてみると、原審および当審の各検証調書の記載をはじめ関係証拠によれば、本件事故の発生した地点は、静岡県小笠郡小笠町下平川一、五二〇番地先の道路上で、国鉄東海道線菊川駅から約八キロメートル南方に位し、南北に通ずる県道菊川、浜岡線(以下、甲道路という。)と西方嶺田に通ずる道路(以下、乙道路という。)とが交差する三差路であつて、甲道路と乙道路とは丁字型をなし、いずれも歩車道の区別も信号機もなく、また、交通整理も行なわれていないが、甲道路の方にはセンターラインが設けられ、交差点南側には横断歩道も設けられ、その旨の道路標識、道路標示があり、その南方には停止線が標示されていて、その他交通量の程度、道路利用の状況等からみても、幅員の点で乙道路より狭いだけで、(約八・九メートルに対し、約七・一五メートル)、道路使用上はこれより優先する主要道路であることが認められる。そして、被告車両は甲道路上を北進し、相手車両は乙道路から東進して、それぞれ本件交差点に進入したものであるが、各進路の互の見とおし状況はいずれも良好ではないことが明らかである。つぎに、被告車両、相手車両それぞれの本件交差点進入時並びにその前後における状況を調べてみると、関係証拠により、以下の事実を認めることができる。すなわち、被告車両は、時速約三〇キロメートルで甲道路を北進中、乙道路の中央よりやや左寄りの地点を東進し本件交差点に進入しようとしていた相手車両をその前方約一八メートルの地点に認め、被害者の方でも被告車両に気付いたことが判つたので、被告人としては、被害者の方で停止、避譲してくれるものと考え、直ちに停車、徐行の措置はとらなかつたが、アクセルペダルから足を離し、ブレーキペダルの方に足を掛けて、相手車両の動向に注意しつつ進行したところ、その前方約六メートルの地点に迫つても、相手車両が何ら減速することなく、そのまま直進してきたので、驚いて急ブレーキをかけハンドルを右に切つて、停車すると殆ど同時に自車の前部左角に相手車両が接触したものであること、一方、被害者は、当日日雇いに出ると言つて家を出たが、持病の頭痛治療のため掛りつけの医院に家人に内緒で出かけ、その帰途に本件交差点にさしかかつたものであり、急いでいたせいもあつて、本件交差点進入に際しての左右確認にやや遅れるところがあつたこと、当時同女が乗車していた自転車は、すでに七年位使用した古いもので、ブレーキに故障があり、それまでも時々きかないことがあつて、被告車両発見の際にもブレーキをかけたが、ブレーキがきかなかつたため、被告車両の停車と殆ど同じ時点において停車はしたが、これと接触、転倒したものであること、以上の各事実を認めることができる。

してみると、本件事故は、被告人が検察官調書中において述べているとおり、相手車両発見の際、時を移さず、相手車両が従前の速度で直進して本件交差点に進入するものと見越したうえ、減速徐行ないし停車の措置をとつておれば、あるいは避け得られたものとも認められないではないが、そもそも、本件事故は典型的な出会い頭の事故であるのみならず、前示のような道路状況、とくに甲、乙道路の各幅員および甲道路が乙道路に優先するものと認められる状況等に徴すると、被告人が相手車両発見と同時に直ちに徐行ないし停車の措置をとらなかつたことをもつて、自動車運転者としての注意義務の懈怠があつたものと非難するのは、酷に失するものというべく、しかも、前記認定のとおり、被告人としては相手車両発見後その動向に応じ適宜の措置をとるべくこれを注視しながら進行したのに、相手車両の方は、ブレーキの故障という、被告人にとつては、まさに予見不可能な事情のため減速することなく直進を続けてきたというのであるし、接触時の状況からしても、相手車両のブレーキの故障という障害さえなければ、本件衝突、ひいて被害者の負傷という事態は起こらなかつたものとみることができるのであつて、結局、本件事故は被害者側の過失によるものと断ぜざるを得ない。

してみれば、本件事故につき被告人に対し過失の責任を問うことはできない次第であつて、被告人に対し原判示の過失を認め、本件事故との因果関係ありとして被告人の有罪を言い渡した原判決は、事実を誤認したものであり、それが判決に影響をおよぼすものであることは明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

(栗本 石田一 藤井)

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